『日光二荒山神社の大蛇伝説』日光市
むか〜しむかし、まだ日光の山々に神さまが住み、人間が山へ入ることさえ恐れていたころのお話だんべ。
今では世界中からたくさんの人が訪れる日光。
その中心にある男体山(なんたいさん)は、昔から神さまの山として大切にされてきたんさ。
その山のふもとには、大きな湖、中禅寺湖が広がり、清らかな水が静かにたたえられていた。
だけどな、その湖には誰も近づこうとしねぇ場所があったんよ。
「湖の底には、大蛇(おろち)が眠っている。」
村人たちは、代々そう語り継いできたんさ。
その大蛇は、何百年も生きた神の使いとも、山の主とも言われていた。
体は何十間もあるほど大きく、金色に光る目を持ち、夜になると湖の底からゆっくり姿を現したという。
だけど不思議なことに、大蛇は人を襲うことはほとんどなかった。
湖を汚した者や、山を荒らした者だけに姿を見せたんさ。
「山を粗末にする者は、この地には住めねぇ。」
そんな戒めだったのかもしれねぇな。
ある年のこと。
遠い国から何人もの猟師がやって来た。
「この山には珍しい獣がいるらしい。」
「湖には大きな魚もいるって聞いた。」
そう言って、木を切り倒し、鳥を追い立て、好き放題に山へ入っていった。
村人たちは止めた。
「この山は神さまの山だんべ。」
「欲張ると、えれぇことになるぞ。」
だけど猟師たちは笑った。
「蛇なんかいるもんか。」
「昔話を信じるなんて、おもしれぇ村だな。」
その夜だった。
中禅寺湖の水面が静かに揺れ始めた。
風ひとつ吹いていない。
それなのに湖だけが波立ち、月の光がゆらゆらと砕けていく。
ゴォォォ……
山全体が低くうなるような音が響いた。
すると湖の真ん中から、ゆっくりと黒い影が持ち上がった。
最初は岩かと思った。
だけど違った。
それは巨大な頭だった。
黄金色の目。
長い角。
何十メートルもある胴体。
湖いっぱいを埋め尽くすような大蛇が、静かに姿を現したんさ。

猟師たちは震え上がった。
「ほ、本当にいた……。」
誰ひとり声も出ねぇ。
大蛇は何も言わず、ただじっと猟師たちを見つめていた。
その目は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えたという。
翌朝。
山へ入った猟師たちは、自分たちが切り倒した木を一本一本起こし始めた。
もちろん木は元には戻らねぇ。
それでも必死だった。
湖へ向かって頭を下げ、
「申し訳ありませんでした。」
そう何度も何度も謝ったんさ。
すると不思議なことに、それまで荒れていた湖は鏡のように静まり返り、鳥たちも森へ戻ってきた。
それ以来、猟師たちは二度と山を荒らさなかったそうだ。
やがてこの山を神さまとして祀るため、一つの社が建てられた。
それが今の二荒山神社の始まりだと伝えられている。
人々は山へ入る前に手を合わせ、水をいただく前には感謝し、木を一本切るにも山へ許しを願うようになった。
そうして日光の山は、何百年ものあいだ豊かな姿を残してきたんさ。
今でも、朝早く中禅寺湖へ行くと、湖面に白い霧が静かに立ちのぼることがある。
その霧が長く一本につながる日は、
「あれは大蛇さまが山を見回っているんだ。」
と年寄りたちは今でも話すそうだ。
本当に大蛇がいるのかどうかは誰にも分からねぇ。
だけど山や湖を大切に思う心は、今も昔も変わらず、この土地に生き続けているんさ。
おしまい。


