むか〜しむかし、まだ宇都宮の大谷のあたりが、深い森と大きな岩山に囲まれていたころのお話だんべ。

今では「大谷石」として知られる大きな岩山も、そのころは誰も近づかねぇ神さまの山だったんさ。

昼間でも木々が空をおおい、岩肌からは冷たい水が流れ落ち、鳥や獣たちだけが静かに暮らしていたんよ。

村の人たちは、その岩山のことを「神さまの宿る山」と呼び、むやみに足を踏み入れることはなかった。

「山には仏さまがおられる。」

年寄りたちは、子どもたちによくそう話して聞かせたんさ。

ある年のこと。

一人の旅のお坊さまが、この大谷へやって来た。

長い旅を続けてきたそのお坊さまは、山を見上げると足を止めた。

「なんと不思議な山だろう。」

山全体が、まるで大きなお堂のような静けさに包まれていた。

お坊さまは岩山の前で手を合わせ、静かにお経を唱え始めた。

すると、不思議なことが起こった。

岩の奥から、やわらかな光が差し込んできたんさ。

「こちらへおいでなさい。」

どこからともなく、やさしい声が聞こえた。

お坊さまが光のほうへ歩いていくと、大きな岩壁の中央に、ぼんやりと仏さまのお姿が浮かび上がっていた。

それは千本もの手を持ち、人々を救う千手観音さまだった。

お坊さまは思わずその場にひざまずいた。

「このお姿は、人々を救おうとなさっているのですね。」

すると、またやさしい声が響いた。

「この地を訪れる人々の苦しみを、私はここで受け止めよう。」

翌朝、お坊さまは村人たちを連れて岩山へ向かった。

ところが昨日まで光っていた岩壁は、いつもの岩山に戻っていた。

「夢だったんべか……。」

村人たちがそう思ったその時だった。

朝日が岩肌を照らした瞬間、岩の中から千手観音さまのお姿がゆっくりと浮かび上がってきたんさ。

「おおっ!」

村人たちは皆、その場で手を合わせた。

「本当に仏さまがおられる。」

その日から、人々は岩壁に刻まれた千手観音さまを大切にお守りするようになった。

小さなお堂が建てられ、旅人も村人も、この場所で手を合わせるようになったんさ。

時は流れ、多くの人がこの観音さまを訪れるようになった。

病気が治った人。

旅の無事を願う人。

家族の幸せを祈る人。

みんなが静かに手を合わせ、岩壁の観音さまは何百年ものあいだ、人々を見守り続けてきた。

今でも大谷観音を訪れると、ひんやりとした岩肌の奥に、やさしく微笑む千手観音さまのお姿を見ることができる。

「どんな人にも手を差し伸べる。」

そんな願いは、昔も今も変わることなく、この大谷の岩山に息づいているんさ。

おしまい。

この作品について

大谷寺に伝わる開創縁起をもとに、日本昔ばなし風に読みやすく再構成したものです。